部屋を整理していたら、アルバムの間から複数枚のメモが出てきた。
2019年2月、語学学校を卒業後、当時付き合っていたフィリピン人彼氏(現夫)とイフガオへ行ったときの行動記録だ。
2019年当時、語学学校を卒業してそのまま彼氏(現夫)が迎えに来てイフガオに行った
その時はブログもYouTubeもやってなくて、紙に殴り書き
その短いメモを見ればその時の情景、味、匂い、全て鮮明に思い出される
こういうのが、財産だなーと思う pic.twitter.com/p31T8rO0vE— コノミ🇵🇭バギオ時々イフガオにいる人 (@knm_pinas) February 19, 2022
フィリピンという国は奥が深くて、今でも知らないことや驚くことばかりだけど
あの頃の私はフィリピンのことを今の10分の1程度も知らず
周りに何もなくただひたすら続く一本道も、
テーブルに並ぶ見たことのない食材も、
気温10度以下で風呂代わりに浴びる滝も、
すべてが新鮮だったのを記憶してる。
そのメモの中に、一際目を引く一文があった。
「友だちの家が謎に水洗トイレで、5日ぶりのうんこに成功」
じつはこの「5日ぶりのうんこ」には、忘れもしない裏話がある。
そのことを、この前インスタグラムのアンケート機能を使って「5日ぶりのうんこの話をブログに書いたら読んでくれますか?」と投げかけたら
大半の人が興味本位で「読みたい」に投票する中、実の姉と前の職場のUさんが「読みたくない」に票を入れていて笑ってしまった。
なので今回は、姉にもUさんにも読んでもらえるように、あの頃の記憶を呼び戻しながら頑張って書いてみようと思う。
なお、不特定多数の人の目に触れるブログというツールで排泄物の名称を連呼するのはさすがに両親にも娘にも顔向けできないので、この記事ではうんこのことを「タエコ」と表記することとします。
フィリピン人彼氏との交際
コノミ 当時27歳。
会社員を辞め、フィリピンはバギオに語学留学中に道端で出会ったフィリピン人と、気が付けば交際をスタートさせていた。
週末のみ外泊が認められている語学学校で、毎週金曜日の授業後に彼の実家にお邪魔し、日曜日の夜に寮へ帰るという生活。
およそ50年前に彼のひいおじいさんによって建てられ、2009年の大洪水では二階まで浸水したという彼の実家は、最近ではわりとよくあるカラフルなタイル張りの家とは違って、日本人の私にも馴染みある木造二階建ての家で、どこか懐かしさすら感じた。
真面目で優しい雰囲気のお義母さんも、どこからやってきたか分からない外国人の私を受け入れてくれて、いつも良くしてくれた。
ちなみに彼との交際は、日本の両親も公認。
今まで交際相手を両親に自分から紹介することなんて何か特別なことがない限りはなかったけど、
彼と一緒になったとき、直感で「この人と結婚するかも」って思って、すぐにLINEで写真付き報告した。(我ながらとんだ娘だな笑)
お泊まりデートの悩み
まあその話はおいといて、
そんな楽しい週末限定ホームステイライフでひとつだけ困ったことがあった。
トイレだ。
彼の部屋のトイレ兼お風呂場は、簡単に図解するとこう。
この、日本ではあまり見ない巨大なバケツを使った入浴法については別記事『目指せタボマスター!~フィリピン式お風呂【タボ】の使い方を徹底解説~』でも紹介しているのでここでは省くとして、
フィリピン式トイレも、初めてフィリピンに行った日本人が頭を抱える問題の一つだ。
別の写真になるけど、つまりはこういうこと。
あるのは便器のみで、蓋もカバーもないという、いたってシンプルな構造。
外国人を対象とした語学学校や大きめのモールなどでは、日本と同じいわゆる洋式のトイレが設置されていて、
とくに困ることといえば、高確率で個室内にバカでかいゴキブリがいることと、頻繁にトイレが詰まって逆流してくることくらいで
使い方自体は何ら変わりなかった。
だがしかし、このトイレはどうやって用を足すのだろう。
彼に「どうやって使うの?」と聞くのもこっぱずかしかった私は、とりあえず自分流で用を足していた。
▼自分なりに試行錯誤した結果
一般的な水洗トイレにはついているレバーもないので流し方も最初はよくわからなかった。
彼氏の家のトイレで用を足したあとに放置しておくことはさすがにできないので、流し方については仕方なく彼に直接聞いた。
謎が解けた
「用を足すときの姿勢(女性編)」で悶々としていた私は、翌週、学校の授業で先生に聞いてみた。
狭い個室に二人きりというシチュエーションなのに、つい小声になる。
と、椅子からおりていつも自分がやっているように中腰ポーズをとってみせると、先生はしばらく笑い転げたあと「普通に座っていいのよ!」と教えてくれた。
その先生曰く、厳密には「家庭による」らしい。
一瞬抵抗してしまうカバーのついていない便器に、そのままペタッとお尻をつけて座る家もあれば、
靴のまま便器を跨ぐように乗って用を足す家もあるとか。
たまにトイレで見る、洋式トイレの使い方の標識↓
見るたびに「こんなことする人いないだろwwwww」って思ってたけど、
いるのかー。そうかー。
お国変われば常識変わる。長年の疑問がストンと腑に落ちた。
フィリピンでは、土足で家にあがるかどうかも地域や家庭によってそれぞれであるように、トイレの使い方もそれぞれなんだ。
他にも3人の先生に同じ質問をしたけど、全員同じ回答だった。
お尻をペタッと便器につけるスタイルにしても、土足で便器に乗るスタイルにしても
行く先々でやり方が違うと厄介なので、私は彼の実家や親戚の家以外では未だに「中腰スタイル」を貫いている。
次なる不安
トイレの使い方が分かったところで、次は
「もし、タエコをしたところで流れなかったら…?」という問題にぶち当たる。
(【再】両親と娘の名誉のために、この記事ではうんこのことを「タエコ」と表記しています。)
冒頭にも述べたとおり週末限定ホームステイライフを送っていた私は、
金曜日の夜に彼の実家へ行き日曜日の夜に寮へ戻っていたので、ほぼ丸二日間は彼と滞在することになる。
万が一、付き合い初めて間もない彼の家のトイレでタエコをして流れなかったらどうする?
自問自答していると、8歳の妹がしたことにしようか…と、よからぬことが一瞬頭をよぎる。
が、根が真面目な私は当然そんなことできるはずもなかった。
とりあえず、対策として彼の家に行く直前には必ずトイレを済ませ、
食事はたくさん食べないようにし、
腹の中央部に全神経を集中させて「万が一」のことが起こらぬように徹していた。
それでも毎週そんなことをやっていると、タエコはこちらが求めてもいないタイミングでやってくる。
そういうときは、「やばい!宿題やるの忘れてたから寮に戻らなくちゃ!」と見え透いた嘘をつき
彼にバイクを飛ばしてもらい、寮に戻ってからことを済ませていた。
恐怖のイフガオ旅行
膨大な量の英単語と、週に一度のタエコ問題と真剣に向き合いながら、3ヶ月という私の留学期間はあっという間に終わりを迎えた。
語学学校を卒業した日から帰国日までは、一週間とってある。
一人でセブ島に行ってダイビングをするという当初の予定を急遽変更して、バギオから車で北へ6時間、彼の育ち故郷であるイフガオへ連れて行ってもらうことになった。
マニラやセブなどの主要都市と違って、まだネットにも情報が薄く、未開拓地も多いイフガオ。
彼の親戚家族にも挨拶できるとのことで心の底からワクワクしていたのだけど、
ここでもやっぱり私の心配はタエコ。
バギオですらこのトイレなんだから、さらに田舎のイフガオなんかに行ったら一体どんな構造のトイレが待ち受けているのだろうか・・・
そんな不安を抱えながらイフガオに到着した。
幸い、イフガオもバギオも便器の様式は変わらなかった。
あとは、タエコのタイミングだ。
これまでは、週末だけ乗り切ればよかったのであの手この手でなんとか回避してきた。
今回は一週間イフガオに滞在するということで、いよいよ避けられない事態となった。
これは困ったぞ。
タエコの駆け引き
そんな私の不安とは裏腹に、
来る日も来る日もタエコは姿を見せなかった。
もうここまできたら私も開き直っているので
出された料理は遠慮なく全部いただき、
お米も毎日三食たらふく食べているというのに。
気が付けば、一度も便意をもよおすことなくイフガオ滞在は四日目を迎えていた。
本当に不思議なことに、人間の身体と心は繋がっているのだと、ここではじめて認識する。
あまりにもタエコを心配しすぎるあまり、その精神的ストレスから便意をもよおさない身体に進化(?)してしまったのだ。
絶体絶命
そんな「#便意のない生活」も、イフガオ滞在五日目には終わりを迎えることとなる。
私たちのツアーガイドをしてくれていた従弟のトゥコイが、友人にシャーマンがいるというのでトライシクルで連れて行ってもらったときのこと。
彼曰く、シャーマンとは特殊な能力と伝統療法を掛け合わせて村の人の病気や心身的不調を解消することを職にしている人のことをいうらしい。
▼シャーマンの家とシャーマン
「その瞬間」は、シャーマンの家をぐるっと見学したあと、別室のダイニングでみんなでご飯を食べていたときに突然襲ってきた。
―タエコだ。
しかも、5日分の。
すぐにトイレの位置を確認した。
比較的きれいな家ではあったけど、イフガオのシャーマンの家のトイレがバギオ以上のクオリティなわけがない。
今思えば立派な偏見でしかないが、よりにもよって彼の前で、そして彼の親戚の友人の家でその瞬間を迎えてしまった私の心境を表すには、まさに「絶体絶命」という言葉がふさわしかった。
フィリピンのトイレでは
・便座がない
・紙がない
・水が流れない
の 3ない がデフォ。
今の私の状況では、便座はなくてもいいけど紙と水はなきゃ困る。
最悪の事態を想定しながら、重い足取りでトイレに向かった。
運命のとき
ドアを開けた。
―ガチャッ。
そこで私は目を疑う光景をみた。
なんと、イフガオのシャーマンの家の一番奥に私を待ち受けていたのは、ピカピカに磨かれた水洗トイレだったのだ。
しかも、便座付き。
トイレットペーパーに関しては、替えがあるだけでなくメルヘンな花柄ピンクのカバーまでついていた。
星5の高級ホテルでもこんなのないんじゃないか。
(星5の高級ホテルに泊まったことがないから知らないけど。ついてる?花柄ピンクのカバー?)
あれ以来フィリピン各地で用を足してきたけど、未だにあそこまでちゃんとしたトイレに出会ったことはない。
安心していると、勢力を拡大したタエコがいよいよ襲ってきたので
ピーーーーーーーーーーーーーーーーー(自主規制)
おわりに
こうして、5日間にわたるタエコ騒動は大事に至ることなく収束したのです。
ちなみにタエコが産まれたあとの 水洗トイレの水が流れない!というトラブルもここでは発生しませんでした。
発生してたらグロッキーすぎてこの記事かけなかったかも。
運の神様は、最後まで私に味方したのです。
うんこだけに。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
最後になりますが、タエコとはタガログ語で Tae ko=私のうんこ のことです。
これからも、フィリピンのトイレからひとつでも多くの物語が生まれますように。