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うんこです。と言えた日 〜日本人妻の小さな挑戦〜

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私は自他ともに認める頻尿族だ。

バギオ市内で利用したトイレの数なら、日本人女性の中でもトップ10には入る自信がある。

先日のフィリピン滞在でも、数々のトイレにお世話になった。

 

 

 

バギオの女子トイレは、ここ数年で着実に進歩をとげている。

(バギオの女子トイレ事情を発信しているコンテンツ自体が少ないのであくまで私の体感だが)私が最初にバギオに滞在した2018〜19年頃は、手桶式のトイレ*が珍しくなかった。

*備え付けの手桶で水を汲み、便器に勢いよく流し込む手動式トイレ。大きなバケツは個室の外に置かれていることが多く、用が済んだら個室を出て水を汲み流す仕組み。

レバー式のトイレもあったが、水の流れが悪く信頼できないことが多かった。外出中にお腹を壊そうものなら最悪だ。

通っていた語学学校では、レバー式トイレが詰まり逆流する事件があったし、天下のSMモールでさえ頻繁に詰まっていた。

一方、手桶式のトイレは水量と勢い次第――要するに自分のテクニック次第で、基本的にはどんなブツでも流すことができる。その点では、流れないレバー式よりも圧倒的に信頼がおけたのだ。

それが2025年。今回の滞在中に訪れた15カ所弱のトイレ(※趣味ではない)では、外のトイレはほぼすべてがレバー式だった。しかも、ちゃんと流れるタイプの。

前の人が流した水が、私の番になってもまだグルグルと心配になるほど回り続けている、なんて光景は一度もなかった。

 

 

 

バギオの公共トイレには、事前申告制のところがある。

申告内容は「大」か「小」だ。

入口で係員に伝えると、使用料を払い、その内容に応じた量のティッシュとチケットの半券を受け取る仕組みである。

たとえば、バギオの植物園「ボタニカルガーデン」に最近できたと思われる豪華なトイレ。ここでも男女トイレの間に机が置かれ、そこに座るおばさんが無表情で手際よく利用客をさばいていた。

おばさん「Ihi lang?(オシッコだけか?)」
コノミ 「Ihi lang po.(オシッコだけです)」

……赤の他人に「おしっこか、うんこか」を真顔で申告するやり取りが、どうしてもおかしい。何度通っても笑いそうになるし、すまし顔で通過する自分にまた笑ってしまいそうになる。

この日、ピンクのチケットとティッシュを受け取った私。

 

「8ペソ、20円か」

ふと疑問がわいた。
――うんこをするにはいくらかかるんだろう?
――ティッシュはどのくらいもらえるんだろう?
――そもそも正直に申告する人はいるのか?もしいないとしたら、このシステム自体に意味があるのか?

 

そこで私は、「トイレのおばさんに『うんこです』と言う」を、この旅行中の目標に掲げた。

さっそく、「うんこです」は「Tae po.」でいいのか夫に確認すると、「いや、その場合は『Bawas po.』のほうが自然だよ」と教えてくれた。

さらに気になった私はChatGPTにも質問してみた。すると、「Bawas」と「Tae」はどちらも「うんこ」を意味するが、ニュアンスが違うらしいことがわかった。

Tae:
一般的な「うんこ」「便」という意味。子どもから大人まで使うポピュラーな言葉(名詞)。会話で「便」「うんち」とそのまま指すときに一番よく使われる。
⇒ 日本語の「うんこ」「うんち」に最も近い。

Bawas:
直訳は「減らす」だが、口語では「排便する」ことを指す(動詞的・婉曲表現)。
「うんちそのもの」というより「出す行為」のニュアンスが強い。
⇒ 日本語だと「大きい方をする」に近い。

なるほど。料金所の場面に当てはめるなら――

「Tae po.」=「うんちです!」
「Bawas po.」=「えーと、大で。」

……という感じか。

事前に調べておいてよかった。無知とは恐ろしい。

 

 

しかし、バギオの家族や女友達に「Bawas po.」と申告したことがあるかと尋ねると、みんな大笑いしながら「Nooo!(あるわけないやろ)」と即答する。

わざわざ赤の他人に「うんこです」と申告する恥ずかしさもあるだろう。加えて、冷静に考えれば――わざわざ高い料金を払うくらいなら「小」と申告して大をすればいいのだ。フィリピンでは外出時にトイレットペーパーを持ち歩くのが基本なので、紙不足の心配もない。

つまり、現地の人ですら「大」の料金やティッシュの量を知らない。となれば、ますます私が調査すべきではないか。謎の使命感に駆られた。

「(うちの娘が)Bawas po.と言えば可愛いんじゃない?」とも考えたが、こんな調査に可愛い我が子を使うなんて姑息な真似はしたくない。
正解が知りたいだけなら「本当は小だけど大と申告すれば?」という意見ももっともだが、それでは味気ない。

 

 

それからは、観光や友人との再会を楽しみながらも「目標を達成せねば」という焦燥感を抱え、その時を待った。

そして滞在6日目。娘を義母に預けて夫とふたりでパブリックマーケットに出かけた時、ついにチャンスが訪れる。

買い物中に便意をもよおしたのだ。

 

(やった……!)

 

夫に「トイレ行ってくるわ」とだけ伝え、角を曲がった先のトイレへ走る。もう何度も使ったことのあるトイレだが、今日は様子が違う。妙な緊張感が漂っていた。

(イメージ:AI作成)

 

――うんこです、と言うだけ。
――どうせ二度と会わない人なのだから、恥ずかしがることはない。

 

「Ihi lang?(オシッコだけか?)」

 

私はひと呼吸おいたあと、頭の中で何度もリピートしたあのフレーズをついに放った。

 

「Bawas po.(うんこです。)」

 

青いチケットとティッシュを渡され、調査はこれで完了――のはずだった。ところが。

おばさんが突然、中に向かって大声で叫んだのだ。

「Bawas daaaw! @#◆◎%&*?!?!(うんこだってよ!以下聞き取り不能)」

すると中から女性が顔を出し、難しい顔で何か言っている。数ターンのやりとりのあと、おばさんがこちらに向かって何か尋ねてきた。

「$%&#*@…Okay?」

何を言っているのかさっぱりわからない。
正直に「I don’t speak Tagalog. Sorry.」と伝えると、おばさんは苦笑いして、青いチケットとティッシュの束を黙って手渡し、「入りな」と顎で女子トイレ側を示した。

 

もう調査どころではない。

――さっきのやり取りは一体なんだったのか。
ただのトイレなのに、体験型アトラクションの入口に立っている気分だ。

 

中に入ると、ようやく事情がわかった。

狭い空間に個室が5つ。すでに5人の女性が並び、さらに右側2つは工事中で完全に解体されている。20〜30代くらいのクヤ(兄さん)が2人、セメントのようなものを床に塗りたくっていた。

――なるほど。「男性スタッフによる工事中だけど、うんこで大丈夫か?」って確認してたのか!(それも変な話だけど)

だがそれで終わりではない。中にいたもう一人のおばさんが、私を見て大声で指差し確認してきた。

「Bawas ka?!?(アンタ、うんこか?!)」

工事中の兄さん含めその場にいた全員が、私が「Bawas」であることを知ることになった。

(そんなに大声で言うなよ。日本ならクレーム案件だぞ。)

心の中でツッコミを入れつつも、私はBawasと申告してここまできた人間だ。もう何も怖くない。元気よく「Opo.(ええ、そうです)」と答えた。

するとすぐに列を抜けて優先的に通された。

(いや、そんなに急いでないから普通に並ぶよ……)

と思ったのも束の間、すぐに自分がVIP待遇されているわけではないことがわかった。

個室のドアにはしっかりと「Bawas(大)」「Ihi(小)」の札が固定されていたのだ。

中のおばさんは「Bawas!(大はこっち!)」「Ihi!(小はこっち!)」と客を誘導する係。たまたま「Ihi」に人が集中していただけで、「Bawas」の私はひとりだけ優先的に案内されたのだった。

 

 

トイレから出ると、夫が待っていた。
市場を歩きながら、私はトイレ内での出来事の一部始終を説明し、こうお願いした。

「おばさんに、さっき私に何て言ったのか確認してくれない?なんとなくわかってるけど、本当は何て言ったのか知りたい」

 

来た道を戻り、おばさんのところへ引き返した。

ダニエル「すみません。さっき妻が『Bawas po.』と言ったとき、なんて言ったんですか?」

おばさん「ああ、並ぶけどいいかって聞いたのよ」

……予想は外れていた。男性スタッフの工事には一切触れていなかった。
中の混雑状況を確認していたのだ。
(でも実際は優先レーンで全然並ばなかったけどな)

 

ともあれ、「Bawas料金とティッシュの量を確認する」という使命は無事に果たすことができたのだ。

料金は13ペソ、ティッシュは5倍くらいもらえた。

 

私は、青チケットの重みを感じながら、達成感に包まれて市場を出た。

うんこです、と言えた日。
小さな疑問が、思いがけず大きな思い出となった。