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心が「ギュッ」て、わかる?国をこえて通じた感情の話。

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家族3人で近所を散歩していたら、よく見かけるおばあさんと老犬が、今日も散歩していた。

少し前に公園で見たときは、老犬は途中から自力で立てなくなり、おばあさんが曲がった腰で抱えて帰った。
今回は、とうとう犬がカートに乗せられていた。

 

 

 

ダニエル「They’re bestfriends.(親友だね)」

コノミ「Yeah, they look so happy together.(うん、二人は本当に幸せそう)」

娘「なんていったの?だれがハッピーなの?」

コ「おばあさんと犬がいつも一緒にお散歩してて、なかよしだね、っていったんだよ」

ダ「そう。なんかパパは、かんどうして泣いちゃった」

娘「『かんどう』って、なに?」

コ「感動ってね、とっても嬉しいときに、心が「ぎゅっ」となる気持ちのことだよ」

ダ「そうそうそう。日本語ってそういう、キュートな表現あるよね」

コ「キュートな表現?」

ダ「”心が『ぎゅっ』となる” でしょ?英語だと、”My heart gets tight.” 」

コ「え!英語だとそう言うの?」

ダ「言わないよ!(笑)でも、直訳するとそういうことでしょ?」

コ「そうだよ。でもさ、あなたに聞きたいんだけど、「心が『ぎゅっ』となる」って、意味わかる?」

ダ「わかるよ」

コ「いや、わかるっていうのはさ。言葉の意味じゃなくて。日本人の私からすると、感動したら心が『ぎゅっ』となって、なんていうか胸が締め付けられるような、感情が込み上げてくるような感覚になるのよ。フィリピン人のあなたからしても、『ぎゅっ』となる?」

ダ「なるよ」

コ「なるんだ!面白い。」

ダ「今まで言葉では表せなかった感情が、日本語の『ぎゅっ』を知ったことで表せた感じかな」

コ「それってすごいね。誰がこの感情を最初に『ぎゅっ』て表したんだろうね」

 

 

感情って、言葉と一緒に広がっていくのかもしれない。

日本語の語彙が増えるたびに、夫と分かち合える感情の幅も増える気がして、未来が少し楽しみになった。