フィリピンに恋して。
~フィリピン・バギオのリアルライフ~
バギオ

バギオで隔離生活50日目を迎えて思うこと。

Magandang gabi!コノミです。

2020年5月5日。

記事を書いている間に日付をまたいでしまいましたが、今日でフィリピンバギオでの隔離生活50日目を迎えました。

50日目の出来事と、今日を迎えた正直な心境を、自身の記録用に残しておきたいと思います。

突然の無気力

朝8時にベッドの上で目が覚めると、原因不明の無気力に襲われた。

前日早くに夕飯を済ませたのでかなり空腹ではあったけど、身体を起こす気になれず。

夕べはおすすめされたNetflixのドキュメンタリーを見てそのまま寝落ちしたので携帯の充電は切れていたけど、珍しく携帯の画面を見る気にもならなかったので充電切れたまま放置。

ちなみにこの私が朝起きて携帯を見ないというのはかなり珍しい。

彼が心配して水を持ってきてくれたり、レチェフランを買ってくれたりした。
※レチェフラン・・・フィリピン版プリン。甘すぎるスイーツ。

そのうち空腹を超えて気持ち悪くなり、水しか喉を通らなかったのでとりあえずひたすら水を飲んだ。

信じられないけど、そのままベッドの上で7時間が経過し、気付けば15時半を回っていた。

救世主、フードパンダ

熱もなければどこも痛くない。とにかく何もする気が起きない、それだけ。

ちょっとヤバいんじゃないかと思った。

具体的になにがヤバいか分からないけど、とにかくヤバいかもと思った。

というのも、ここ最近5日間くらい、毎日両親が夢に出てくる。単純に家族に会いたいんだと思う。

空腹で気が狂いそうになったけど、どうしても昨日自分が作った夕飯の残りを食べたくなかった。

ギサンギサンっていう豚肉料理だったんだけど、エビペーストを若干入れすぎてエビ臭い。気持ち悪くて食べたくなかった。

彼が10分おきに「大丈夫?何が欲しい?」と聞いてくれて

「売店でSPAM(普段は絶対買わない高級品)を買ってきてくれ・・・」と言ったけど、

違う、そうじゃない。

私が欲しいものはもう決まっていた。

フードパンダで何でもいいからウマイものを頼みたい。
※フードパンダ・・・日本でいうウーバーイーツ的なサービス

この50日間、毎日同じような材料で、同じような味付けで自分が作るフィリピン料理にいい加減嫌気がさしていた。

日本料理作ればいいじゃんって言っても、材料を買う場所は家の前の売店一択なので、日本料理を作るための調味料がないんだよね。

バギオの野菜はマニラに比べて新鮮といっても、もちろん日本と比べてしまえば新鮮さに劣る。

なんかもう、とにかくうまいもんが食べたかった。

結局、greenwichのピザを頼んだ。

この量で1000円はかなりお財布に優しい。

ラザニアは3つ入ってたのでいつもの癖で1つお隣さんにあげたけど、腹が減りすぎてあげなければよかったと後悔した。(これも自分の正直な心境なので隠さず記録するよ。笑)

フードパンダのサイト上に輝く店リストを見ているだけでどんどん自分が元気になるのがわかったけど、注文が完了した時点でもう7割は回復してた。

無気力の原因

無気力の原因が何かは薄々気付いてた。

この隔離生活へのストレスだ。

あまり口には出さないようにしていた、というか自分でもストレスだと思ってなかったんだけど。

私の隔離生活は、

・外出は家の前の売店に食品を買いにいくときと、毎週日曜日15時のゴミ出しのみ
・街への買い出しは彼一人のみ
・アルコール類の禁止

っていう、シンプルに外に出られなくて酒が飲めないだけ。

だけど、母国である日本で同じ状況に置かれるのとはわけが違うということに気が付いてしまった。

まず、日本からフィリピンにくるのに必要最低限のものしか持ってきていない。

今うちにあるもので暇を潰せるものといえば、英語の教材、タガログ語の教材、パソコン、携帯くらい。

縄跳びも、筋トレ道具も、サッカーボールも、人生ゲームも、トランプも、UNOも、パンを作る機材もない。

もちろん買いに行けないし、日本みたいにネットでポチッて翌日届くシステムもない。

1~14日目までは、この外出禁止という新鮮な環境を普通に楽しめてる自分がいた。

15~30日目までも、まあ新鮮さはなかったけど別に平気だった。

ただ、30日を過ぎたあたりからわかりやすく隔離生活を楽しむという気力がなくなっていた。

隔離生活が楽しいのは、物があってこそ、毎日美味しいものが食べられてこそ、なんだと。

そんな、気付かなければよかったことに気付いてしまった。

私は日本人

海外に出ると、日本がいかに恵まれているかということに改めて気が付く機会が沢山ある。

今回のことでも、日本てすごい国だなあと身に染みて感じている。

そして同時に複雑な心境にもなる。

普段、どんなにフィリピンで生活水準を下げて現地の人と同じように生活してたって

どんなに現地のことをわかろうとしたって

こういう状況になって

美味しい日本食が食べたいと思ったり

アマゾンで本頼んで明日読みたいと思ったりするたびに

私は紛れもなく、28年間何の不自由もなく恵まれた環境で育った、日本人なんだなーと思う。

それは、どんなに長くここにいたってきっと変わらない。

フィリピンの生活に不満はないし、別に日本で手に入るものがここで手に入らなくたって普通に生きていける。

でも今は非常事態なんだから、無理はしないって決めた。

頑張って節約してたって、私は日本人。

定期的な贅沢は必要なんだね。

自分が壊れてしまわないために。

今、欲しいもの

フィリピンで隔離生活50日目を迎えた私が今、一番欲しいもの。

シャウエッセンと、お~い お茶 濃茶。

この生活が始まった頃は、50日目に欲しいものがこの二つだとは思いもしなかった。

人間、極限状態に陥ると

酒とか、寿司とか、すきやきとか、そういう贅沢な物じゃなくて

シンプルだけど絶対に手に入らないものを欲するんだな。と勉強になった。

シャウエッセンとお~いお茶 濃茶って今この状況のバギオでどうやったって手に入らないからね。的を得ていると思うよ。

この隔離生活は5月15日には緩和されると言われているけど、それでもまだ当面規制は続く。

60日目、70日目に自分が何を思うのか、興味深い。