「そろそろ保険のこと考えようか 」
日本移住生活の初年度が文字通りあっという間に過ぎ、年末年始の忙しなさもようやく落ち着いた頃、我が家は全員生命保険に加入していないことに気がついた。
夫は保険屋を毛嫌いしており嫌がったが、とりあえず入るかどうかはおいておいて、話だけでも聞いてみようということになった。
保険選びについて、だいぶ前からネットで調べたり知人にアドバイスを求めたりしつつもなんとなく気が乗らず後回しにしていたが、ようやく重い腰をあげて、近くの「ほけんの窓口」に足を運んだ。
初回は私一人で行って、生命保険の仕組みを1時間半かけて説明してもらった。夫が同席したところで説明は日本語、後で私が英語に直して説明したほうが効率的だと思ったのだ。
おそらくマニュアル化されているのだろうが、この人は学校の先生にでもなればいいのに、と思うほどの分かりやすい説明で、「保険」というワードに対する私のアレルギー症状はほぼ解消された。学生に戻って授業を受けている気分だ。どうしてもっとはやくに来なかったのだろう。
一通り説明を受けて生命保険の基礎がわかったところで、じつは夫も生命保険を考えているということをそれとなく伝え、その日は終了した。
翌週、二度目の窓口相談へ行った。今度は夫と娘も一緒だ。キッズスペースがあって、英語のビデオを流してくれたり、アンパンマンの音の出るおもちゃを出してくれたりしてとても対応がよかった。が、結局2歳児の「ママー!おいでー!」攻撃には敵わず、10分たたずして娘の元に夫を派遣することとなった。
結局、今回も私と担当者のマンツーマン授業。
すぐ後ろのキッズスペースで二人が遊ぶ声を聞きながら、前回の復習の前に、と担当者が切り出した。
ほけん
ダニエルさんも保険を検討しているということで… 一応みなさんにお聞きしているんですけど、ダニエルさん、タトゥーは入っていますか?
コノミ
入ってます。なんで?もしやタトゥーダメなんですか?
ほけん
じつは、タトゥーが入っていると加入できる保険がかなり限られてしまいまして…
タトゥーがあると温泉やプールに入れないというのはもはや常識だが、なんと保険にも入れないというのだ。
タトゥーの弊害、思わぬところにあり。
そうとは知らずに加入して保険料を払い続けた人が、いざという時に保険が適用されないこともあり得るとのこと。
保険に加入すること自体に難色を示していた夫だが、入れない可能性はまったく考えていなかった。はなからダメだと分かると今度は「入れないの?!」と言い出す(笑)
その次の週もまた窓口へ行った。
タトゥーがある人への保険の取り扱いについて、担当が調べてくれていた。
ほけんの窓口で取り扱いのある保険商品のうち、タトゥーのある人が加入できるのは”1社のみ”で、その1社についても契約内容にかなり制限がある。ほぼ選択の余地なしということだ。
当事者の妻として日本のタトゥー規制についてはよく理解しているし、べつにそれに対してどうこう言うつもりもない。だから行く先々で「タトゥーOKか否か」は、いの一番にチェックするのがもはや夫婦の習慣になっている。
今回に関しても、初回に提示された契約前の告知事項に関する「告知リスト」を、当然のように一文字残らず読んだ(生命保険に加入しようとするとき、「告知義務」といって自分の健康状態や既往歴等を伝える必要がある)。
ひとつでも当てはまる項目があれば保険に加入できない可能性があると説明を受けたが、そこに反社会勢力・暴力団についての記載はあってもタトゥーお断りのような文言は一切なかった。
コノミ「大体、タトゥーお断りの場合ってそれを真っ先に掲げていますよね。ここにタトゥーの項目を作ればいいのに、なんで作らないんですかねえ。ここに書いてくれればこちらも分かりやすいし、お互い楽だと思うんですけど」
窓口担当者に聞いても仕方のない率直な疑問を口にすると、
ほけん「日本はやっぱりまだタトゥーへの印象があれですからね〜 私は全然いいと思うんですよ、ファッション的な意味合いなのですから。ちょっとルールが古いですよね、もう令和なのに」
と、こちらを必死でフォローするような的の得ない返事。
私としては、ただ単に一覧表に載せてくれれば話が早いという意図だったのだが、うまく伝わらなかったようだ。
コノミ「ところでなんでダメなんですか?」
ほけん「タトゥーが入っていると、特定の病気にかかりやすいと言われてるからなんです」
と、二種類の病名をあげそれらしいことを言っていたが、この後の話を聞いて、やはりイメージ的な部分なのだろうと思った。
それが、どうやら面白いことにタトゥーがある人が一律保険に入れないというわけでもないということだ。
もしかしたらいけるかもしれないと、タトゥーを入れた年、目的、柄、サイズなどを詳細に聞かれた。
トータルの表面積が20cm×20cm以内で、他人を威圧するような柄でなければOKとのこと。
コノミ
他人を威圧するような柄wwww人によって感じ方は違うんじゃ
ほけん
peaceとかハートマークとかならいいってことなんですかねえ
ダニエル
ちょっとまって。僕の友達で背中に『執着』って漢字を彫った人がいるけどそれは?
などと、無駄に盛り上がってしまった。
夫に関しては、既定サイズを優に超えたライオンが胸で吼えているので議論の余地はないのだが(笑)
結論、窓口で取り扱いのある保険商品では1社のみ検討の余地ありとのことなので、翌週に夫と相談に行くことになった。
その数日後、夫がわずかな生命保険加入への道を自ら閉ざしてしまう出来事が起こる。
―右アキレス腱断裂。
夫が入院しました。
夫が入院した。
診断名は、「アキレス腱断裂」。
事件が起こったのは先週の土曜日。
職場の先生方が立ち上げたフッ...
告知リストに、最近3ヶ月以内の手術や入院とある。
ほけん「じゃあまた半年か一年後くらいに(笑)」
アキレス腱と共に、生命保険加入への道もあっけなく断たれてしまった。
せめてあと二週間遅ければ…。
こんなことがあったので、入院時、夫は「ボクはタトゥーあるけど入院できますかな?」と急なカタコト口調で担当医に聞いていた。
背中全体に彫っている人が現在入院中なので無問題と、笑いながら医師は答えた。タトゥールールは線引きが難しい。
ほけんの窓口には、結局その後何度も足を運びお世話になった。
度々、夫のタトゥーの話になる。
ほけん「おかしな話なんですけど、加入後にタトゥーを入れるのはいいんですよ」
コノミ「フィリピンの消防士試験と同じですね」
夫は、フィリピンで消防士試験を受けた過去がある。その時、最後の身体検査ででタトゥーが発覚し不採用。
一列に並び順番が回ってきたら全裸にされ、全裸のまま「NO TATOO! オマエ、不採用!」と追い出された…という夫の話がどこまで本当かは不明だが(笑)
それも同じで、試験時にタトゥーがあっては不採用だが、採用後に彫るのは問題がない。だからバギオにはタトゥーのある消防士は普通にいるらしい。
この国に住み続ける限り私たち夫婦につきまとうタトゥー問題。
またひとつ、大きくて怖いタトゥーがあると保険に加入できないという新たな知識を得た。
タトゥーとは無縁の私が、自分一人で生きていたら見ることのなかった世界。
外国人として日本に住むということも、タトゥーのある人が日本に住むということも、当事者になってみてはじめてわかる、「住みやすい」国ニッポン特有の「生きづらさ」があるのだ。