外国の運転免許を日本の運転免許に切り替える「外免切替」
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本文に入るまえに、これまでの経緯を説明しておきたい。
2022.1.24 事前審査(書類)〜1st try〜
1日限定10名の審査枠に滑り込むも書類不備で不可。
【ミッション】
フィリピンにて次の二つの追加書類を取得し、
①出入国記録(Certification of List of Travel Record)
②運転免許の経歴証明書(Certification of License)
※夫の場合は、
↓
追加書類の取得をマニラにいる前職の同僚に依頼。
↓
一度しか会ったことのない疎遠なマニラの従兄弟に図々しく手続き
↓
従兄弟、一つ目の書類を易々と取得
↓
二つ目の書類の発行のため、夫が
↓
委任状をフィリピンへ郵送
↓
・従兄弟が(なぜかこのタイミングで)財布を落とし所持金ゼロへ
・従兄弟が(なぜかこのタイミングで)インフルエンザで1週間寝込む
・従兄弟がワクチンパスポート不所持でLTOに入れず門前払い
…という不毛な一ヶ月を経て
↓
委任状を持って従兄弟が二つ目の書類を取得
↓
二つの追加書類を日本に郵送してもらう
↓
〜2nd try〜
外免切替は心理戦
2022年12月26日。
忘れもしない、娘2歳の誕生日だ。
朝5時前。
バースデーガールを両親に預け、
外免切替手続きの受付時間は平日朝9:30〜10:00だが、先着順ですぐに枠が埋まるので、8時の開門と同時に着くの
夫のパスモが残高不足で引っかかりヒヤヒヤしたが、
30分以上外で待機したあと、ようやく門が開いた。
建物の中に入ると、
前回はあまり感じなかったが、2度目の今回は周りをみる余裕があ
外免切替ではいつも、ぞんざいに扱われているように感じる。職員はなぜか最初からタメ口だし、
「切替?うしろ。」
「一列に並んで!」
「だから列からはみ出さないでって言ってるでしょう!」
まあ、ただでさえ言葉が通じない相手にこのくらい言わないと現場が回らないというのは、普段夫と暮らしている私には十分に理解できるのだけど。日本人である私は、相手の言葉の意味やニュアンスがすべてわかってしまうから嫌な気持ちになるけれど、肝心な彼らには全く伝わっていない。
口を開けば怒られるので、小声で淡々と夫に通訳する。
カルガモ親子のお散歩のように行儀よく列をなして二階へ移動し、
時刻は8時前。
「9時25分から説明を開始します。」
前回と同じく、ここから一時間半後に受付が開始する。
空白の一時間半。先に番号札だけ配ってくれれば、
そんなことを考えながら席について、ふと目の前の貼紙に目をやった。
[2022年6月1日から、
前回きたときは、午前中の枠に漏れてしまった人は午後にもう一度チャンスがあった。
今後は午前中の一度のみになるという。だから前回よりこんなに人が殺到しているのだ。公式サイトには案内があったのだろうか、
それにしても平日の朝30分のみの受付、先着10数名の枠
9:25ちょうどに受付に関する説明が始まった。
その後、番号札を配るのに壁に沿って一列に並ばされるのだが、
一人、待っているあいだに椅子の上で眠ってしまった人がいた。
ひとりの職員が半ば呆れながら「いいんですか?」
書類審査は全て日本語で行われるので、
前から3番目だった彼は、
「可哀想。起こしてあげたらいいのに」
声をひそめて夫に話しかける。
「きっとあの人、クリスマスプレゼントもらえなかったんだよ」
だからずっとカリカリしてるんだ、と夫がつぶやくように言った。
外免切替では、こんな光景を目にすることになるので気疲れがひどいのだ。何としてでも今日で終わらせたい。
初めて審査を受ける人と、二回目以降の人と、色の違う番号札が配られた。
早起きした甲斐あり、私たちは二回目以降の「2」
衝撃の事実
30分も待たずに私たちの順番がきた。
すぐ先にある「外免切替相談室」という部屋に4組まで入れるスペ
前回の担当者は若い女性だった。新人なのか、両隣の職員に都度聞きながら慣れない手つきで私たちの書類を確認
今度はベテラン風の男性だ。
私たちは、11ヶ月かけてようやく手に入れた2つの追加書類を目
言われたものをきちんとした手順で用意して持ってきたのだから堂々としていればよいのだが、
担当者はこれまでの経緯などしらない。ただ私たちが持ってきた書類と、
どうも話が通じない。
お互いに違和感をもったまま並行線で10分くらいが経過しただろ
何かおかしいと思ったら、なんとこちらが用意した2つの書類のうち1
そんなことはない、前回「Certificate of license」
実際に必要となる書類は「Certificate of license history」で、私たちが一年かけて取得した「Certif
そんな…
私たちの聞き取りミスか、フィリピン側の発行ミスだと思った。
帰り道、涙する夫をしょうがないね、と励ましながら帰った。
しかし、帰宅して前回の担当者が書いたメモをみるとたしかに「
普段穏やかな夫もこれには激怒してクレームを入れると言ったが、「
国家権力を前に打つ手なし、なのだ。
夫はその日、部屋にこもって出てこなかった。
夫には申し訳ないが、正直「文句を言うといっても、
新たなミッション
こうして、私たちに新たなミッションが与えられた。
新ミッション:「Certificate of license history」を入手
これは家族の手を借りて2ヶ月で難なく(いや、難はあった)
バギオにいる義妹にLTOでの手続きを依頼。
↓
一度目。「とってきたよ、クヤ」
発行された書類を確認すると、必要事項が記載されていない。
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二度目。
ドレスコード違反で門前払い(公的機関はサンダル、短パン禁止)
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三度目。
義妹から義母にバトンタッチ。書類に追加項目の記載を求めるも、
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夫がLTOにメール。書類が必要となった経緯を説明し、
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メールを送ってから二週間、音沙汰なし
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ようやく返信がくる。一転、書類を発行できるとのこと。その後すぐ、
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3月初旬、フィリピンから書類が届く
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夫がアキレス腱断裂
順調だ。順調すぎる。
異国での生活など、これくらいのスパイスがあった方がいいのだ(と、言い聞かせる)。
これには夫も何も言えるはずがなく、また数ヶ月間、
負けられない戦い
ちなみに一度の審査にかかるコストは、交通費だけで片道二人で6
書類審査は日本語ができないと受け付けてもらえないため、通訳人の同行は必須なのだ。そのたびに夫婦で有給をとり、娘は両親に預け朝5時前に家を出る。
こんなことを繰り返していたら、
そんな事態は絶対に避けるべく、